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zoom RSS メッチャ ヤバイ

<<   作成日時 : 2017/08/27 09:35   >>

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 最近、公共放送を見聞きしていると、やたらと聞く言葉である。
「メッチャ ヤバイ」と言う言葉の意味は、前後の会話の流れの中で意味は感じ取れるが、美しい言葉には聞こえない。
 すごく感動した時,すごく驚いた時、英語で言うなら「very very 」と言う感情が、「メチャクチャ」。短くなって「メッチャ」になったのだろうと思う。実に安易にこの言葉で感情をあらわす人が最近多い。
 「ヤバイ」も、決してきれいな言葉ではない。
何か良くないことをして、ハラハラするようなとき、「ヤバイ!」と叫ぶ人の気持ちが、最近はもっと広い意味でつかわれているようだ。
 困ったとか、迷ったときとか、不安な感情が、この美しいとは思えない言葉になって流行している気がする。
言葉はこうして時代の流れの中で変遷し、忘れられ捨てられ、新しい造語が、生まれてくるのかもしれない。
 初めてインドに来たインド人の友人から、「日本人はよく、どうもどうも、と言いますがあれはどういう意味ですか?」と聞かれたことがある。会話の流れの中でその意味を汲むことはたやすいが、この短い日本語を状況に応じて説明しなければなかなか一言で翻訳はできない。
たしかに短くて、いろいろな意味をあらわすのに便利な言い方であるが、どこから流行り始めるのか、言葉はいつもごく自然に会話の中に入り込んでいくことは確かだ。
 昔の話だが、デリーで偶然に、日本語の観光ガイドをしているインドの知人にあった時、私は彼から、「チョベリグ」と言うわけのわからない日本語を聞かされて、「何?その言葉?どういう意味なの?」と聞いたことがある。
「あれ!ヨコさん知らないの?これ日本人が教えてくれた言葉なんだけど!」といわれておどろいた。
「チョ〜 ベリー グッド」すごくいいね!と言う意味の言葉を短くした新語だったようだ。
 新しい言葉が生まれ、使われる頻度の減った言葉は辞書の中で眠り、動詞ばかりか、固有名詞すらだんだんに消えて行っている淋しさも痛感する。「炭?火箸?エッツ、なんですかそれ?」と、当たり前のように若者に質問された時、時が大きく流れてきているのだと痛感したことがある。
 いつの時代も、先行くものはこうした同じ思いを抱いて次の世代にバトンを送って来たのだろうと思う。
私もまた立場を逆にしつつある今、思い出深い、そして味わいのある昭和の時代に育った自分が貧しかったけど、素晴らしい幸せの中にいたのだと思える。
 ドアーの前に立てばドアーが開き、手を出せば蛇口から水が出る、トイレのドアーを開いた途端便座が上がる、用が済めば水が流れる。からだの不自由な人のための便利が過剰になって、健常者まで便利さにならされて行く怖さも、ある意味とても気を付けなければいけない時代だとも思う。
 本当にこれは、「ヤバイ!」です。
 

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